ようこそ 東洋の十字架展へ!

東洋の十字架館は、日本全国の博物館または個人のコレクションから集めて始まりました。この博物館は遠く中近東からシルクロードを経由してアジア、そして日本までたどり着いたということを証明しています。

私達は日本というと仏教または神道をすぐ思い出しますが、実はシルクロードに関連している国々と同じように日本は様々な哲学信仰が混在する国なのです。ゾーラステル教、ユダヤ教、マネキア教、基督教、儒教など。昔の京都はとても国際的なところでした。今で言えば、ロスアンジェルス、シンガポール、パリみたいなものです。京都はもともと他民族の町である長安がモデルでした。当時の京都は7割から8割が渡来人または帰化人の町でした。この多くは中近東を通って自由と希望そして迫害を避けてきた人々でした。中近東から運ばれてきた品々を最大規模で展示している博物館を持っています。一昨年東大の博士が、日本人は4つの遺伝子(中近東、ヨーロッパ、東南アジア、中国)に分かれるということを発表しました。日本のルーツはいろいろなところにあると言うことが科学的に証明されたことになります。

東洋の十字架館は、見過ごされがちな事実の博物館です。元早稲田大学の研究者佐伯好郎または元京都大学教授イケダサカエさんによると、秦氏がカザクフスタンからシルクロードを通って198年頃日本に入ってきました。その後に東洋の十字架は景教の人達によってもたらされました。景教の人達が後の日本の切支丹となったのです。日本キリスト教の歴史という本によると1600年の日本では、一番大きく、全国規模の宗教はキリスト教でした。17世紀から始まった大虐殺によって多くは100万人が命を失ったと言われています。多くの方がご存じないとは思いますが、東洋の十字架は全国いたるところで見られます。

実は15−16世紀の東洋の十字架が一番多かったのは京都でした。デユス町と言う町で、日本発のライ病の病院もつくられました。今度旅行する時、仙台、札幌、博多 などをぜひ訪れてください。京都の天主堂または景教の跡地、伊勢にはユダヤのシンボルが見られます。仙台の北の素晴らしい切支丹博物館、九州の様々な遺跡などこれらには驚きと感動を覚えると思います。朝日を眺めて感動したように、新しい日本を発見することでしょう。

バーチャル・ミュージアムでは40を超える数のキリシタン、隠れキリシタンによる作品を展示しています!

このような展示物に興味を持たれた方は、ぜひ博物館リストのページもご覧になってください。日本各地にあるキリシタン関する物を納めた博物館や、場所のリストがあります。